【はじめに】 2008年10月20日に発売になった、 小説版 『ヨコハマ買い出し紀行』 −見て、歩き、よろこぶ者− (著 : 香月照葉)を、21日に購入し、その日のうちに読破しました。 以下に、当作品のアレやコレやを書きまとめてみたいと思います。 当然、ネタバレばりばりですので、まだの方は小説を購入し、 本編をお読みになってからご覧いただくことをお奨めします。 小説の内容はなかなか丁寧なので、ファンアイテムとしても 十分価値のある書籍ではないかと思います。 |
【大まかな導入】 未来の中部地方の太平洋側で暮らすロボットオメガ。 この時代に生き残った最後の人間にして彼の生みの親・育ての親でもある 宇布見の死をキッカケに一人ぼっちになった彼は、その寂しさに恐怖し、 三浦半島で暮らすというロボットアルファに会う決意をして旅立つ。 しかし、数ヶ月を経てようやく出会った彼女の肌は、すでに冷たくなっていた。 孤独の中で彼は、ロボット同士なら記憶の伝達が可能だという 宇布見の言葉を思い出す。 アルファと舌で接続し、彼女の記憶を辿る旅におもむくオメガが、 そこで見たものは… |
【感想】 「漫画内で解き明かされなかった謎に決着がついている」という前評判を聞いていたので、正直かなり緊張して読みました(笑) 内容は、基本的には漫画で描かれた話を小説というメディアで再表現したものが大半ですが、「あの場面を小説で表現すると、こうなるのか!」などの、自分の視点が変わったような新鮮な驚きもありました。 漫画内ではぼかされていた、 『タカヒロが抱いていたアルファへの思い』 『Aタイプの正体』 『人類減少の原因』 『初瀬野先生の人物像』 『子海石先生の死に際』 『アルファさんの本来の機能』 なども描写されており、「ヨコハマ〜」に単純な楽園を求めている類の読者にとっては、ややショックの大きい内容かもしれません。 が、ちょっと想像すれば「当然そうなのだろう」と思われる事柄ばかりなので、この小説によって長年の想像に決着がついたという思いを抱くファンも多いのではないでしょうか? 僕が一番決着感が大きかったのは、やはり『Aタイプの正体』でした。 自分でこういう物も書いてますし、当作品最大の謎だという思いがあったのです。 ただ、自分なりのAタイプの考察をまとめた後、どこかの掲示板で「A1〜A5は、それぞれ五感に関する研究だと、作者さん自身が口にしていた」という書き込みを見たこともあったので、自分の考察はあくまで「個人のお遊び」という開き直りで読むことができました。 ここまでハッキリ書かれてしまうとちょっとヘコむけど…(笑) また、小説版で最も深く描写されているのは、『タカヒロが抱いていたアルファへの恋心と、その後、彼女から距離を置こうとする苦渋の決意』だと思います。 原作では最終的にマッキと所帯を持ったタカヒロですが、漫画では「ロボットとはとても思えない人間らしさ」をもって描かれているアルファさんが、小説版では「とても人間らしいけど、結局、人間とはどこか異なる視点をもった生き物」… つまり、原作以上にロボットとして描写されているため、それを自覚したタカヒロが自ら距離をあけるために遠いハママツに旅立つという、寂しい一方で、いい意味でリアリティを増した話になっています。 惜しいのは、オメガの親である宇布見の人物像の掘り込みが浅かった事。 「最後の人類」という孤独の中で宇布見の心が固くなってしまったという結果にはリアリティはありますが、彼のそれ以外の面を知らない読者にとっては、物語の最後で唐突にオメガの思い出だけで彼の別の面の片鱗を語られても、序盤でついたイメージを覆すには量不足。 「いきなりそんなこと言われてもな…」という戸惑いがあります。 例えば物語途中に、アルファさんから引き出した記憶の内容に一部関連をつけて『宇布見についての断片的な記憶』をオメガが回想する… そういう場面を何点か挿入することで読者に宇布見の追加情報を与え、同時に読者は、宇布見の「かつての性格」を推理する並列的楽しみを得る… そんな構成も、あるいは面白かったのではないでしょうか? ちなみに、原作における2〜3の話を一塊にして印象深いエピソードに再構成しているため、時系列がおかしかったり、一般的なファンの解釈とやや異なる部分もあります。 また、登場人物がかなり絞り込まれており、ココネやマッキなど原作で重要な位置を占めた一部のキャラが全く出てこない、思い切った構成になっています。 その分、残った主要キャラの掘り込みがかなり深くなっていますが、ココネなどに感情移入して読んでいたファンにとっては、自分の居場所が無くなったような寂しさを感じるかもしれません。 |
【新たな地名】 ★ 東の岬 ヨコハマ世界は、三浦海岸付近を中心に東西南北で 土地の俗称(西の岬など)がついているようですが… 当作品では、アルファさんたちが初日の出を見に行った場所が 東の岬と表記されています。 ファンの間では城ヶ島というのが定説ですが、城ヶ島は三浦海岸の南… ちょっと矛盾します。 もしかして漫画内の場所も、実は城ヶ島ではなかったのでしょうか? でも、初日の出を見に行く途中にあったような大きな橋は、 「ポストカードブック」の地図で見ても、城ヶ島の近くにしかありません。 強いて言えば鴨居島(観音崎)がちょうど東に位置し、近くに橋もありますが、 現実のあそこはアップダウンのはげしい土地で、漫画内のような広場とは ちょっと縁の無い場所です。 やはり、『東の岬 = 城ヶ島』と解釈すべきなのでしょうね。 ★ 千葉大島 「東の岬」から見た初日の出は、この島の上から登ってきたそうです。 言うまでも無く房総半島のことで、全長100キロ、長さだけでも 佐渡島の倍近い、オリジナルの大島がはだしで逃げ出す大大島です。 ★ 宇布見 正確には、オメガを創った老齢(と思われる)の男性科学者の苗字ですが、 同名の町が浜松市の浜名湖河口(?)、北東4キロに存在します。 彼の名前の由来と思われます。 なお、小説カバーでは「宇布美」と記述されていますが、こちらは誤植ぽいです。 |
【謎の判明】 ★ 怒りの日 人類の大半が死滅し、大規模な海面上昇を引き起こした事件を 『怒りの日』と称しています。 その原因は、温暖化や、地球規模の地殻変動がファンの間の定説でしたが… 「直後に灰色の雪が降ってきた事」(死の灰だと思われます)、 「子供を残す機能が失われた事」などから、 核戦争や、核施設の事故 であったと推測されます。 ★ Aタイプ A1の視覚に始まり、A6の心までに蓄積したノウハウを統合したのが A7であるアルファさんたち人型ロボットだそうです。 しかしその多くは、老いたりケガをした人間の体機能の代替パーツとして、 バラされてしまったとか… ★ ミサゴ 実はやっぱりロボットだったそうです。 えーー… アヤセさん、推理ハズれましたな。 お互いに…(泣) ★ ターポン これは大方の予想通り、正体はDNAバンクであったようです。 遠い将来、地球環境が再び落ち着きを取り戻したときに、DNAの解析による 各種の動植物の復元を期待しての、方舟(はこぶね)なのでしょう。 ただし、水没した地上には、すでにその復元施設も無いはず… 遠い未来における、未知の地球外知的生命体の到来に望みを託すような、 ワラにもすがる儚い方舟とも言えます。 ★ ロボットの役目 関わった人間の心まで記憶する、『ストレージ(記憶媒体)』だったそうです。 小説の序盤で、なんとなくピンときた方も多いのではないでしょうか? 人の形を成す設計図(DNA)は「ターポン」に… 心は「アルファさん」たちロボットに、記憶させたという事でしょうか? その2つが安定した地上で再会するとき、(一部の)人間の完全な復元が 成されることを期待したのでしょうが… これも、なんとも儚い一縷の希望と言えそうです。 |
【総評】 当初は「アルファさんが死んでいる」という前情報にショックを受けたファンも多かったようですが、実際のところはそういう事だったため、読了後に一気に好印象の感想が増えたように、ネット上を見るかぎり感じられます。(2008/10/23 現在) 文章もムダが無く、軽快。 全14巻の中で語られた歴史を、一部の登場人物に関して追体験しつつ、プラスアルファを楽しめる内容だと思います。 書き手である香月照葉さんは、ちゃんとコミックスを読み込んでいるな… と、ヨコハマファンの1人として実感しました。 繰り返しますが、ファンアイテムとしての魅力は十分です。 巻末に、連載終了後の唯一のヨコハマ漫画として知られる『峠』も掲載されており、未読だったファン(僕とかw)にはさらなる付加価値となる事でしょう。 知る人ぞ知る漫画となりつつある「ヨコハマ買い出し紀行」の小説なので、早期に入手が困難になる可能性があります。 もしまだ、あなたの手元に無いのであれば(ここまで読んだ人で、まさかそんな人はいないと思いますが…)、お早めの購入をお奨めします。 |