■ 北の町の公園
(探索編) | |
神奈川県 横須賀市 | |
【最寄】 京急 『 安針塚 』『 新大津 』『 逸見 』 | |
撮影 2005/11/04 ・ 2006/12/23 ・ 2007/02/08 ・ 2007/06/16 |
北の町 は、ヨコスカ… そして、北の町の公園 は、『横須賀中央公園』 … これは、ヨコハマファンの間で 周知の事実です。 が、そこに異を唱える者がありました。 …て、すみません、僕なんですが(笑) 「異」 というより、いくつか納得のいかない事柄が引っかかっていたのです。 その前に、現時点で作中から得られる 「北の町の公園」 についての情報を、以下に まとめてみますね。 ・風景の見え方から、おそらく 50〜100メートルの標高がある。 ・北の町(ヨコスカ)の街並を見渡せることから、 横須賀 に隣接・あるいはその中にある。 ・観音崎 へと のびる海岸のカーブが一望できる。 ・猿島 が見える。 改めて並べてみると、これで特定できないほうが不思議なくらい 「地に足の着いた」ヒントに満ちていますね。 そして 横須賀中央公園 は、上記の全ての条件をキッチリと満たした場所なのです。 え? じゃあもうイイじゃん。 「北の町の公園 = 横須賀中央公園」 に決定〜! …と言いたいのですが、漫画内で描かれる公園の描写のいくつかに、21世紀の 「横須賀中央公園」 と合致しない部分があるのです。 (それが前述の 「引っかかり」 です) 以下は、その 「引っかかり」 を解消すべく、己の納得のために横須賀市内を駆け巡った、ある「男」の物語です。 …て、すみません、僕のことなんですが(笑) |
以上が、現時点(2007年7月)までで調査を行った場所です。 疑り深い!と言われればそのとおりなのですが、「横須賀中央公園」に実際に足を運んだ人間だからこそ感じられる漫画内との相違点への疑問… といえば、何となく共感してくださる方もいらっしゃるのではないでしょうか? そこに、作者である芦奈野先生が、別の意味を隠されたのではないか…? 「読んでいる人は気づくかな〜?」 と、謎が解かれる日を楽しみにしていらっしゃるのではないか…? そんな考えがチラチラと頭をよぎってしまうのです。(笑) コンクリ壁の大きさなどの違いは、『なんか感じがちがうけど ここだ』 という アルファさんのセリフを通して、「現在とは構成が違いますよ」 というヒントを読み手に与えてくれている、という解釈もできます。 また、猿島 の彼方に 富津火力発電所 らしき エントツ が見えている (3巻・108ページ) ことからも、方向的に 「横須賀中央公園」 はほぼ確定と思われます。 あぁ、でも何だろう、この違和感… そして思い当たりました。 漫画内で描かれる 「北の町の公園」 が、現在の 「横須賀中央公園」 とは似ても似つかないにも関わらず… 異様なリアリティを持って描かれている点。 それこそが、自分の中の違和感だったのです。 以下は、全く僕の想像ですので、それを前提に読んでほしいのですが… 漫画内で描かれている 北の町の公園 とは、横須賀中央公園 が今のような形になる前の (つまり昭和後期ぐらいの) 姿を再現したものではないのでしょうか? つまり、作者である芦奈野先生が子供の時分に見た、思い出の横須賀中央公園の姿 こそが、『北の町の公園』 の正体なのです。 (したがって、そのモデルとなった場所を撮影できる機会は、今後 永遠に無い) ここまで引っぱって、最後を 「想像」 でしめるのは自分としても不本意なのですが、今のところ、これが最も現実味のある 「仮定」 だと思っています。 あぁ、本当、もう誰でもイイから真実を教えて〜(泣) |
1年近く追いつづけてきた 「北の町公園のナゾ」 ですが… ありがとうございます! 決着いたしました。 情報を提供してくださったのは、ホモサピさん。 横須賀市内にご実家を持つ、元地元の方です。 以下に、いただいたメールの一部を抜粋させていただきます。 ふきさんが 「漫画内で描かれている北の町の公園とは、 横須賀中央公園が今のような形になる前の (つまり昭和後期ぐらいの)姿を再現したものでは ないのでしょうか? 」と書いていましたが、 まさにその通りだと思います。 中央公園は平成4年(15年前)に改装されていて、 現在怪しいモニュメントが建っている丘は もっと急勾配で高さがありました。 そして頂上には円形の壁 (ただしコンクリではなくて石組み)でした! 戦前、公園になる前には砲台があったようです。 アルファさんが立っていた高台に大砲でもあったのでしょう。 か、感慨です。 このページをまとめた時点で、なかば無理矢理、 しかし 「自分が描き手だったら、多分こうする」 という おぼろげな確信をもって出した結論だったのですが、 まさかここまでドンピシャだったとは… そして 「砲台跡」! そう、あの雰囲気はまさにそういう感じですね。 展望所としては狭すぎるあの形は、 上に砲台が載っていたと考えれば 逆に実にシックリきます。 ああ… ようやくようやく胸のつかえが取れた思いです。 ホモサピさん、本当にありがとうございました。 (2007/11/10) |
ちなみに以下は、mixi上にて、 ポップさん とおっしゃる方から伺った、 中央公園 の思い出です。 中央公園は自宅から20分ほどで、 ワタシ達の遊び場でした。 博物館もあり、一日中遊び廻っていました。 ただ、円形の展望台は、 カタチこそ砲台跡の様になっていますが、 ヨコハマに描かれているほど、大きくありません。 子供の頃の記憶ですから、かなり小さい、 と見てよいかと思います。 それに、ひらけ過ぎています。 丘の上に、更に円錐状に盛り土している… 攻撃には最適ですが、 守りにはあまりにも適さない地形… おそらく「軍港横須賀」のイメージ、 砲台風展望台として作られたモノの様に思います。 ただ、子供の頃に見た風景が、 作品の中で生きているのは、 モノスゴク、嬉しかった。涙が出るほどに。 ヨコハマにハマったのは、 読み切りで発表された時からなので、 自分の住む街がモチーフになるとは、 予想していなかったからなおさらでした。 最近、ヨコハマ買い出し紀行の 新装版が出ている事を知りました。 自分の思い出の地が、 若い方々に想われ、拓かれる事に、 喜びを感じずにはいられません。 僕らビジターにとっても、 なかなかに気持ちの良い 公園ではありますが… やはり地元の方にとっては、 人生にからめた深い愛着なしには語れないことが、 上の文面からヒシヒシと伝わってきます。 それは、どんなに羨んでも、 横須賀民 ではない僕らには 決して手に入らない感慨… でも、将来 「三浦半島民」 になれば、 三浦半島のこれからの歴史の中で、 自分の生活をつむぐことができる… それもまた、 「ヨコハマ」ファンの1つの夢 だと思うのです。 このお話を伺って、 自分の中の 『三浦半島に住みたい』 という思いが、 またジワリと固まったのを感じました。 (2011/01/28) |