西の岬のモデルとなった土地の候補として、黒崎 と 三戸 が2大候補として争われて久しいですが… …え? 争われてない? そんなこと言ってるのはお前だけ?? だまれ、ガキども。 ネット上にも俺さまと同じ意見の者が、100… 50… あれ? 5… いやいや… えーと、2〜3人ぐらいはいらっしゃったのではないかと思われるんですよ、すぐには思い出せませんけどね… えへへへ。 そういうわけで(何が)、黒崎と三戸。 どちらが真の西の岬たるか、俺さまが直々に考察つかまつろうと思いまするが、よろしいでしょうか? いいよね…? よーし、考察の結果に文句のある輩はメールにて異論唱えるべし。 三戸の丘はご存知の通り、僕が京急の終点『三崎口』で降りた初めて日に訪れた、思い出の地。 ここを西の岬と断定できれば、「ヨコハマ〜」と自分の運命的つながりを世間にアピールすることができるはず(できません) 気持ち、三戸の丘を擁護しつつ、それでは行ってみよう、『黒崎 vs 三戸』。 真の『西の岬』決定戦、ここに開幕です ! ! ! |
★第1ラウンド 『付近の雰囲気』 |
黒崎 | 三戸 |
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★第2ラウンド 『小網代の森との位置関係』 |
★最終ラウンド 『広域の位置関係』 |
最後までお読みくださり、ありがとうございました。 この結論に、背筋が凍りついた古くからのファンの方もいらっしゃると思いますが、ご安心下さい。 最初に書いたとおり、この結論には、やや三戸の丘贔屓な視点が入っているのです。 例えば、最終ラウンドで考察した見開きの場合、「ページ右中央付近の岬」と「初瀬野邸のある丘」の距離は、思いのほか近い… という考察をあえて飛ばしています。 見開きの右端、中央付近をご覧ください。 半ば水没した電信柱(一部は完全に倒壊しているようです)の1本1本の間隔から2つの丘の距離を推定すると、せいぜい500メートル。 これは、現実の黒崎の丘 〜 三戸の丘の距離800メートルからするとちょっと少なく、「三戸の丘 = カフェアルファ」の際のネックになっています。 また三戸は、波打ち際から結構すぐに標高が7〜8メートルほど上がります。 水中の灰色の影が三戸海岸だとすると、町のかなりの範囲が水没する必要があり、その点でも無理があります。 僕がこの考察で示したかった事柄の1つに、『既存の考察を疑う』というものがあります。 「ヨコハマ〜」のような、作者があえて細部をボカした作品を読み解くとき、己を含むファンとの意見交換の間で『作者さんの意図も含めた、世界を読み解こうと挑戦しつづける姿勢』こそが、作品に生きた空気を吹き込む要素と考えます。 昨今の「ヨコハマ〜」ファンの中に、その姿勢はあるでしょうか? かつて辿り着いた結論をもらさず丸暗記することに明け暮れ、そこに矛盾があったとしても否定意見を受け付けられない姿は、開拓精神を失った日本人中年サラリーマンのそれに典型的に見られる、脳の硬化・青春への過剰の美化で呆気なく説明のつく問題ですが… それは、「ヨコハマ〜」世界を提供した作者芦奈野ひとし先生自身にとっても寂しい現状であり、彼が目指したファン像と異なるもののように僕は感じられるのです。 ファンであるあなたたちの考察は、もう終わりですか? 「ヨコハマ〜」の世界は、ただの青春の思い出ですか? 年月を経て成長した今こそ、かつてより増した知識で、「ヨコハマ〜」のコミックスを開き、そこに描かれた世界の空気を読みとる旅に出てみてほしい。 そこには、若さゆえに美化しすぎ、そのために読み違ったという、痛烈な現実との直面が待っているかも知れません。 実は自分が作品に求めていたものが、作者さん自身が描いていたものとは似ても似つかなかった事実に気づき、蒼白になるかもしれない。 しかしそれは、あなたが年月を経て成長した果てに 真実を読み解く目を手にいれた証拠です。 先日の小説版発行の直後からネットにあふれた感想文を読んで、今の「ヨコハマ」ファンがいかに思い出の中で硬化しているかを、僕は実感させられました。 そのテキストの大半から、僕自身の「ヨコハマ」との付き合い方からはすでに遠く離れた、老人の臭いを感じました。 それは、かつては不景気と呼ばれつつ、すでにそれが当たり前となってしまった困難な日本社会の中で硬くなってしまった、ファンの心の現われかもしれない。 が、それにしがみついているからこそ、困難な「今」から脱出できない… という逆説も真ではないでしょうか? カフェアルファ建設の地は『三戸の丘』です。 この結果に異論のある方は、その目で、その足で、ネットで… 情報をかき集めて、僕に反論してほしい。 その、誰よりも真実を読み解きたい! と燃える思いが胸に湧いたとき、 「ヨコハマ」が見せたかった本当の風景が、あなたには見えるかもしれません。 (執筆 2008/11/05) |
★追加情報です 2010年1月末日。 横須賀市にお住まいのHさんより、 非常に重要な追加情報をいただきました! Hさんは海上自衛隊にお勤めで、 お仕事の一環で海図を読まれることもおありなのだそうですが… その海図上における三戸の丘の名称が、なんと、 『西ノ埼 (にしのさき)』 というのだそうです! Hさんご自身も「ご参考までに」と念を押されており、 僕も『やっぱり三戸の丘は、西の岬なのだ!!』と 一挙に燃え上がるほど浅はかではありませんが、 体温が1度ほど上昇しました(笑) それと気づいて、ネットで調べてみたところ… 初声町近辺の海辺の、とても心地よい写真を撮っておられる、 ブログ『From Hasse 2』にて、 2009/5/15 に同様の話題が出ておりました! うれしいやら、心強いやら。 …そうそう。 これに気を良くして言うわけではありませんが、 4巻・第30話 『カフェアルファ』にも、ちょっと気になる表記を見つけました。 カフェアルファに訪れたお客さんの一人称視点で語られる、 あの不思議な話です。 場所は、94ページ。 『もともと この道は 先のほうにあった 別荘街のために つくられたらしい』 という、カフェを目指すお客さんの言葉です。 実は、これを黒崎に当てはめると、 ちょっとおかしな点が出てくるのです。 というのも、黒崎のあの広々とした畑の敷地は、 元々『黒崎飛行場』建設予定地としての土地であり、そのためあのような、 三浦ではありえないほど整然とした区画になっているのです。 つまり、現在黒崎につけられている道も、 そうした目的のために用意された道といえます。 これに、ミリタリーに関して時にマニアックな遊び心を作品に盛り込む、 しかも地元の芦奈野先生が、気がつかないものでしょうか? そんなはずはありません。 わざわざ「別荘地のために」と書いている以上、 芦奈野先生にとって「西の岬」は、 最初から「別荘街」としての意味合いしか持たない場所… つまり、黒崎以外の、 例えば『三戸の丘』などである可能性が、 高くなってくるのです。 『西の岬問題』(笑)はまだまだ決着しませんが、 こうしたさまざまな要素を検討して作品の隠された「何か」を 探っていくのは、本当に楽しいですね。 僕も、どこまでも食いついて追いかけていく所存です(笑) (執筆 2010/02/03) |